expedition11

大市塚


天照大神の墓
撮影許可をいただきました。








expedition12

岩窟(天岩戸)


実物は迫力あります。



地元の伝承では岩戸の近くに
アメノウズメが暗闇の中で舞ったとされる
「ノウノ光」という場所があるそうです。

舞台のような平らな部分・・・?
(妄想です)









以前オークションに
小明見の旧家から出た古文書が
まとめて出品されたことがあります。
競り合いになり、途中までは
頑張ったのですが負けました。w
(結局33万円ほどで終了)
「甲子園の砂」的にコピーした画像です。





「ノウノ光」に関係あるのか?の前に、
どの辺りなのかもよく分かりません。w


追加です。

岩戸の写真は見たことがなく、
手持ち資料の記述で「ここだ」と判断していました。
しかし、最近入手した岩間尹氏の冊子に写真が!





私の写真と違う場所です。
手持ち資料の
「岩戸の間口は約20センチ、
高さ540センチ、奥行640センチ」と
地元の伝承を考えると、
私が行った場所も間違いとは言い切れない気がします。
とりあえず岩間氏の意見ではこちら。
「宮下文書としてはどちらか・・・?」の前に
ここはここで探します。
同じ宮下文書の解釈や現地調査のため、
この2ヶ所はそんなに離れた場所ではないはず。

現在の最優先事項!




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宮下邸


宮下文書が収められた蔵。
撮影許可をいただきました。






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郡内騒動①



1836年の天保騒動を郡内騒動とも言いますが、
こちらは1666年の郡内騒動。
記録があまり残っていないようです。


「重税に耐えかねて甲州都留郡一同の名で領主に嘆願」

「1~2名の総代を決めて
書面で願い出るよう申し渡される」

「明見村庄屋惣右衛門、朝日村庄屋惣兵衛の2名を
総代として嘆願書を提出」

「総代2名処刑」

「関戸左近、奥脇太郎左衛門ら7名を総代に
領主の江戸本邸に嘆願」

「改善されない」

「総代7名+56名で再び江戸本邸に嘆願」

「先に地元に戻った56名逮捕」

「総代7名で江戸町奉行所に訴える」

「総代7名処刑」


税率は80.5%だったそうです。


この明見村庄屋惣右衛門が
当時の宮下家当主で大明見小室浅間神社の宮司でしたが、
処刑されたことにより
宮司の家系が親戚の宮下家に移りました。


宮下惣右衛門の墓




expedition15

郡内騒動②



地蔵堂

郷土史によると
「1668年の郡内一揆の時、宮下惣左衛門が
名主として江戸に直訴に行き、
浅草で斬られたので地蔵を祀り供養した」そうです。

惣右衛門とは別の宮下家のようです。
右、左が誤植ってことはないよな・・・?






expedition16

郡内騒動③


関戸左近ら7名を供養する六地蔵と首洗いの桶
(用津院)




用津院(ゆうしんいん)前方の河原が
当時の刑場だったようです。
この辺りでしょうか?











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郡内騒動④


郡内義民之碑(大正寺)
奥脇太郎左衛門の石碑









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カガミ


社宮地神社
カガミ(加賀美、加々美、加賀見、加々見)家の神社。
宮下氏と加賀美氏については
宮下文書にも多様な記述があります。




遠○大明(神?)
加賀美遠光を祀っているので
「光」だと思うのですが・・・。





異体字の「㫕」?






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のうとり

農作業の始まりを告げる「農鳥」







expedition20

吉田のうどん


小明見「きよちゃん」






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